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[No.14]
 永い夢の始まり
【登場人物】
ビアンカ、王女(DQ5主人公の娘)

どうしてこんなことになったんだろう?
 頭が痺れてよくわからない。

 森の奥深くで激しく震えてる私。
 冷え切った体に、拳だけがやけに熱い。
 そして私の足下に、青い髪と白いローブを朱に染めた幼女。

「だ、大丈夫っ!?」

 女の子を優しく揺する。でも、心のどこかで白々しいって思ってる。
 だって私は本当は気づいているから。知っているから。
 この女の子はもう動かない、目を開かない。
 ついさっき、私が殺したんだ。

「なんでこんなことしたんだっけ……」

 私は冷えてゆく頭で、この罪の顛末を思い出す。

ゲームが開始されて、祠を後にして。方角も判らないままふらふらさまよって。
 それで―――
 あの子を見つけたんだ。森の奥で、あいつの娘を。

 あの子は大樹に背中を預けて、とても不安げに、
 きょろきょろと周りを見渡していたんだっけ。
 私よりちょっと遅れてこっちに気づいたあの子は、
 逃げようとあたふたして、空回りして、尻餅をついたっけ。

「こわがらないで。私はね、あなたのパパのおともだち」
「パパの?」
「うん、そう。あなたのパパがあなたよりちっちゃい時からの友達なの」
「本当? 私を殺そうとしたり、しませんか?」

 女の子は探るような上目遣いで私を見つめてた。
 まんまるな瞳が怯えに揺れてた。
 こんな小さな子にまで殺し合いを強要するなんて、本当に酷い!
 その時私は確かにそう思ってた。憤ってた。
 それに、母性もくすぐられた。
 この子は絶対にあいつの元に返してやろう。それまではこの子を守るんだ。
 確かにそう思ってた。

「あなたはパパを待ってるのね?」
「うん。パパと、おじいちゃんと、おにいちゃんを待っています」
「じゃあ、それまで私が一緒にいてあげるね」
「ありがとうございます」

 ぺこり。お行儀良く頭を下げて、はにかんだ微笑み。
 素直で可愛い。そう思った。本当にそう思ってた。その時は。

それから私たちはいっぱいおしゃべりをした。
 あの子の不安を打ち消すために、私は随分おどけてたと思う。
 その甲斐あって、あの子は随分打ち解けてくれるようになっていた。
 ころころと鈴を転がすような声で笑われると何だかくすぐったくて。
 でも―――なんだっけ?
 あの子の一言で、その気持ちが掻き消えたんだけど、ええと。

「ビアンカさんの子供は、どんな子なんですか?
 わたし、お友達になりたいです」

 そうだ。その言葉からだ。私の胸がチリチリしだしたのは。

「え?」
「ビアンカさんはパパの一つ年上ですから、
 お子さんもやっぱり私より一つ年上なんですか?」
「あの、ね、」
「男の子ですか? 女の子ですか?」

 言葉に詰まる。顔色が悪くなる。
 素直で無垢。腹芸も空気の変化もわからない、それが子供。
 なんて愛らしくて、なんて残酷なんだろう。
 胃が痛い。胃が痛い。胃が痛い。
 私はね、あんたのパパが選んでくれなかったから、子供がいないのよ?

9年前。
 成人したあいつが私の宿屋を訪れたとき、運命だって思った。
 また一緒に冒険して、大きく成長した背中に気づいて、愛してるって感じた。
 思い返せばその想いをアピールしなかった私もいけないかもしれない。
 でも、当時はそんな必要すらないと思ってた。
 川が海に流れ着くように、あいつも私のところへ帰ってきた。
 それはとても自然で、とても必然。ずっと一緒。そう信じてた。

 なのに―――
 あいつはあの女を選んだ。小金持ちの。世間知らずの。苦労知らずの。
 その時、あの女は微笑んでいた。あいつも微笑んでいた。
 あいつが私以外の女にあんな顔を見せるなんて、悪い夢だって思った。
 でも、次の朝目が覚めても、その次の朝を迎えても、夢は覚めなかった。

「ビアンカさん、体の調子がお悪いのですか?」

 黙り込んだ私にあの子は声をかけてきたっけ。
 心配されたんだ。あいつとあの女の娘に。

「HPが削られているのなら、ホイミ系でも……」

 そうだ。この言葉がこの子の最期の言葉だ。
 慈愛をたっぷり含んだ声質に、私の自制心は決壊を起こしたんだった。

 あんた、回復系呪文を唱えるんだ。流石はあの女の血だよ。
 その博愛っぷりも確かにあの女の娘だよ。
 さらさらの青い髪!! 抜けるように白いキメ細やかな肌!!
 人を疑うことを知らない純朴な瞳!!
 私の幸せを!! 未来を!! お前がっっっっっっ!!

「フローラッ!!!」

 幻像のその女がっきりと輪郭を持ち、あの子に重なって。
 拳を振り上げて。あの子の顔が引き攣って。頭が真っ白になって。
 それで―――

「―――こうなったわけだ」

 回想を終えて、あの子の死体から手を離す。
 クールダウンしたはずの私の心は、どこかぽっかりと穴が空いているみたい。
 穴の名前は、多分、現実感。
 罪の意識と爽快感と憎しみと愛情とで穿けた風穴。
 それは一生消えない歪み。

 考えてみれば現実感なんて9年前からなかった気もする。
 あいつがあの女の手を取って微笑んだ、あのときから。
 それに、今の状況。
 殺し合いを強要するゲームなんて、まともじゃない。
 夢。ただの夢。今見てるのは、とびっきりの悪夢。
 そう理解すれば―――そう思い込めば怖くない。

 だとしたら、そんなに悪い状況でもない。
 ここには、フローラはいないし、もう一人の子供―――たしか勇者だっけ。
 その子も殺せば、あいつとフローラを繋ぐ糸は無くなる。
 そうすればきっとあいつは微笑んでくれるようになる。私だけに。
 そうすれば私を選んでくれる。こんどこそ。
 だって、ね。ここは夢の中だから。

「待っててね、リュカ」
【ビアンカ 所持武器:不明 現在位置:O-05:祠の森、深く
 第一行動方針:リュカ(DQ5主人公)との合流
 第二行動方針:王子(DQ5主人公の息子)の殺害 】

【王女(DQ5主人公の娘) 死亡】
(残り72人)

※所持品は放置

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