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[No.30]
 孤独な体育座りと呆然のズブズブ。
【登場人物】
リディア、アリーナ

「ねえ、あなた。こんなところでぼーっと立っていると危ないよ?」
南の祠を出た後、暫く東に歩みを進めていたアリーナは、
放心したかのように佇むリディアに、声をかけた。
「いや!」
リディアは反射的に否定の言葉を返し、大きく身を震わせると
アリーナに背を向け、猛烈な勢いで走り始めた。

「ちょっと待ちなさいよ。私はあなたを攻撃するつもりなんてないわ」
しかし、リディアは聞く耳をまったく持たず、一心不乱に逃走する。
恐怖と緊張の余り恐慌状態に陥っているのだ。
「そっちは毒沼、危ないわ、行っちゃダメ!!
 ねえっ、お話、ちゃんと聞いて…… 
 ……はぁ、つかまえなくちゃ止められそうにないわね」
アリーナは苦笑し、ため息をつき、一つ深呼吸をしてから覚悟を決め、
毒の沼地へと飛び込む。

アリーナは、リディアの細い体躯と、現実感の無いぼうとした存在感から
すぐに追いつけるだろうと踏んでいた。
だからこそ体力を削る毒沼へと足を踏み入れたのだ。
しかしリディアはアリーナの予想を裏切り、思わぬ健脚振りを発揮していた。
決して足が速いわけではない。
毒沼を平地と同じペースで疾走するのだ。
「死に物狂いって、すごい力を出せるものね」
沼の深さはくるぶしにも届かない程度のものだが、ガムのように糸を引く
ゲル状の毒泥が、アリーナの走行を非常に困難なものにしていた。
「これは、健康に自信がある女の子としては、負けられないわね」
ふつふつと湧き上がる闘志。アリーナは本気になった。
当初の目的を忘れて。

それで結局。
「よかった…… 諦めてくれたみたい」
リディアは広大な沼の中央付近にぽつんとある2坪程度の平地に腰を下ろていた。

彼女は安堵の溜息をつきながら、自らの靴を緑の双眸で見つめた。
泥の一切付着していない、羽根飾りのついた靴を。
それは彼女に配布されたアイテム、フェザーブーツだった。
デフォルトでレビテトがかかっている、魔法の逸品。
彼女が毒沼でアリーナの追跡を振り切れたのは、この靴のおかげだったのだ。

そしてこの経験によって、「戦いたくない、死にたくない、信じられない」で
胸が一杯だったリディアは、フェザーブーツの有効な使用法を見出したのだった。
この毒沼に潜み、人が着たら沼の中をぐるぐると逃げ回る。
そうすればきっと、殺されないで済む。
リディアは自分のそのアイデアに幾分心癒される。

「でも……」
最後の一人しか助からない、24時間誰も死ななければ全員首輪が爆発する。
あの気持ちの悪いピエロはそう言って笑ったのだ。
逃げ回っているだけでは、いずれ死ぬ。
それを思い出してしまい、また深く恐怖する。

「こわいよ……」
「いやだよ……」
「幻獣界に帰りたいよ……」

体育座りの膝の間に顔を埋め、リディアは静かに泣いた。

一方、追跡者アリーナは、沼に座り込んで荒い息を整えていた。
「はぁ、はぁ、はぁ…… くやしいなぁ……」
10分ほどそうして体を休めているうちに、幾分呼吸が整ってきたらしい。
彼女はゆっくりと立ち上がり、来た道を戻ろうと振り返る。
視界一杯に、毒の沼地。

アリーナの顔から血の気が引いてゆく。
「こ、こんなに来てたんだ」
彼女は恐る恐る首をひねり、あたりを見渡す。
見渡す限り、緑と黒と紫。

アリーナは気が遠くなり、脱力。ばしゃりと沼に膝をつく。
瀕死とまでは行かないが、かなり厳しい消耗具合。
通常ならば戦闘は徹底的に避け、宿屋に直行しなければならない状態だ。

毒の沼地の性質上、移動さえしなければ体力は消耗しない。
しかし彼女は速く走るために、追跡途上でデイバッグを放り投げてしまっていたのだ。
食料も、水も、暖を取るための火種も、配布武器も、そこに入れたままで。
だから体力の回復は、全く望めない。
アリーナは熱くなったら一直線という、自分の粗忽さを心底恨んだ。

呪文は使えない、薬草はない、クリフトもいない。
「毒の沼地って、HPは1を切らないんだったかな?
 それともゼロまで行っちゃうんだったかな?」
もちろん、答える者もない。
成す術が、ない。
待ち受けるのは緩やかな、不可避の死。
【リディア 所持武器:ウイングシューズ 現在位置:N-18 毒沼
 第一行動方針:毒沼に待機潜伏し他者との接触を絶つ 】
【アリーナ 所持武器:無し 現在位置:M-19 毒沼
 第一行動方針:成す術無し 】
※両者共に出発地点は南

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